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琉球王国のグスク及び関連遺産群とは?世界遺産登録された沖縄の歴史遺産を徹底解説!

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南北に長い日本は、北はロシアと海を隔てて接する北海道、南は台湾や東南アジアに近い沖縄
県では、気候はもちろん自然や食べ物、風習や働き方まで比べようがないほどの違いがありま
す。
もちろん、同じ文化遺産や自然遺産でも、北国の世界遺産と南国の世界遺産は、それぞれ独特
の文化や自然を語り継いでいます。
沖縄県の世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は、本州で暮している方にとって聞き慣
れない単語もあります。

世界遺産検定シリーズ、今回は沖縄県の歴史とともに、受け継がれる文化遺産を掘り下げさせていただきます。

前回の記事は 厳島神社はなぜ世界遺産に登録されたのか?歴史と見どころを徹底解説!でした。

関連記事もチェックしてください:鹿児島と琉球王国沖縄の世界遺産・奄美大島、徳之島、屋久島、西表島の自然遺産
こちらもご覧いただくとよく理解できると思います。

琉球王国のグスク及び関連遺産群の歴史とは?世界遺産登録された沖縄の歴史遺産を学ぶ

 

英語表記)Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu
登録区分)文化遺産
登録年)2000年
登録基準)(2), (3), (6)
国内の登録順位)No.11
守礼の門

守礼の門

 

グスクは、沖縄県に琉球王国が栄える前の時代の有力者の城の遺跡です。
「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として文化遺産に登録されているのは、首里城跡を含む5つのグスクと4つの関連遺跡です。

観光地として再建中の那覇市内の首里城跡の他には、国頭郡今帰仁村の今帰仁城跡(なきじんじょうあと)、中頭郡読谷村の座喜味城跡(ざきみじょうあと)、うるま市の勝連城跡(かつれんじょ
うあと)、中頭郡北中城村・中城村の中城城跡(なかぐすくじょうあと)です。

2019年10月に起きた火災で、唯一残っていた首里城の建造物が大きな被害を受けたため、グスクとして登録されているのは石垣のみとなってしまいました。

過去問で問われる掘り下げ情報の記載

沖縄県では、11世紀から12世紀にかけて、按司(あじ)と呼ばれる有力者が地域を治め、農耕や
貿易を経済基盤にした社会が築かれました。

沖縄県の歴史と按司

沖縄県の歴史は、江戸時代の沖縄諸島と先島諸島に本州と同じ制度が取り入れられる近世以前は、先史時代、古琉球時代に分けられています。

さらに先史時代は旧石器時代と貝塚時代、古琉球時代グスク時代と三山時代を経て、琉球王国が設立した時代に分けられます。

13世紀には、農耕社会が広まり、本州から日本語の文字も導入され、有力者が地域を治める社会に移ります。

この頃の有力者は、按司(あじ)と呼ばれ、石垣で囲まれた城(グスク)を築き、地域の集落を治
め、東南アジアとの貿易で経済力をつけ勢力を拡大します。

14世紀に入ると各地の按司を束ねる者が現れ、沖縄本島は承察度氏が治める南部の南山、察度氏が治める中部の中山、怕尼芝氏が治める北部の北山の3つの地域に分かれる三山時代が訪れます。

1429年、中部の中山を治めた按司尚巴志によって、南部の南山と北部の北山の地域が統一され、首里城を首都とした琉球王国の時代が始まります。

沖縄県一帯を掌握した琉球王国は、沖縄本島から奄美大島、宮古島と石垣島周辺まで勢力を伸ばすし、本州や東南アジアと中国との貿易が発展します。

本州で戦国時代が終わった江戸時代、1609年に貿易問題を抱え、隣同士の地域の薩摩藩によって外交と貿易に制限が設けられ保護国となります。

琉球王国の首都とされた首里城は14世紀頃には沖縄県那覇市に建築されていたとされ、現代でも沖縄県最大の遺跡として歴史を紡ぎ続けています。

琉球王国と日本本土の関係

沖縄本島と本州は、本州の奈良時代にあたる7世紀頃から互いに使者が行き来する関係にあったことが「日本書紀」などの公的な記録に残っています。

本州でも書類の書き方が整備され始めたばかりの当時、「○○の地域の人が訪れた」程度の内容が多く、確かな出来事は「続日本記」に沖縄本島からの使者が朝廷を訪問し位を授けられたと残っている記録が正確とされています。

沖縄本島の各地に按司によってグスクが築かれた13世紀から14世紀にかけて、本州から仏教や平仮名が伝わりるなど、盛んな交流が行われています。

戦国時代の末期から江戸時代にかけて、九州地方の大名島津氏の薩摩藩との貿易摩擦がきっかけとなり武力衝突にまで発展した関係は、1611年に本州の幕藩体制に組み込まれる体制に変わります。

江戸時代、薩摩藩の施政下にあった琉球王国は、明治維新後の廃藩置県によって、沖縄県と呼
ばれるようになり、本州に比べ独特の文化を育み続けてきました。

世界遺産検定公式過去問集(4級)からの例題

Q1.「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に残る、「グスク」とはどのような場所だったのでしょうか。(引用元:p66,2018年3月世界遺産検定4級)

1. 交易で栄えた港町
2. 交易のための商品を製造した作業所
3. 按司と呼ばれた豪族の居城
4. 按司と呼ばれた豪族の古墳

答え:(1) 交易で栄えた港町

Q2.沖縄県に関する、次の文中の空欄(A)(B)に当てはまる語句の組み合わせとして、正しいものはどれでしょうか。(引用元:p88,2018年9月世界遺産検定4級)

現在の沖縄県のある地域はかつて(A)と呼ばれました。当時「按司」と呼ばれる豪族が、各地に
石垣で囲まれた(B)を築きました。その跡地のいつくかが世界遺産に登録されています。

1. (A)琉球−(B)モスク
2. (A)琉球−(B)グスク
3. (A)薩摩−(B)モスク
4. (A)薩摩−(B)グスク

答え:(1) (A)琉球−(B)モスク

Q3.「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の説明として正しいものはどれでしょうか。 (引用元:p99,2018年12月世界遺産検定4級)

1. 琉球王国にキリスト教が伝わったことを示す遺産である
2. 「首里城跡」は現在、天皇家の別荘として使用されている
3. 按司と呼ばれる豪族が築いた城が残る
4. 卑弥呼によって治められた王国の遺跡が残る

答え:(3) 按司と呼ばれる豪族が築いた城が残る

 

まとめ

今回は、沖縄県の世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」のお話でした。
世界遺産検定の問題は、正解できましたでしょうか?
グスクや按司という言葉は、調べなければ聞き慣れない単語です。
普段聞き慣れない用語は、世界遺産検定に出題されやすいため、地域の歴史も勉強して確実に1点を取れるようにしたいですね。

次回の記事は 紀伊山地の霊場と参詣道とは?世界遺産登録の理由と見どころを徹底解説!です!お楽しみに!

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