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世界遺産として認定された銀山の麓とは石見銀山の歴史と魅力的な価値

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石見銀山は、歴史的な知名度と中世日本が世界経済に影響を与えたことが残される世界遺産です。
山陰地方の島根県には、世界に誇る文化遺産の石見銀山があります。
日本国内の世界遺産の中でも、唯一の鉱山として登録されています。

今回の日本の世界遺産遺産検定シリーズは島根県にある石見銀山遺跡とその文化的景観(No.14)にスポットを当てて紹介していきます。

前回の記事は 四季折々の絶景日本に残る暮らしの知恵を語り継ぐ世界遺産白川郷の魅力と歴史 でした。
こちらもご覧いただくとよく理解できると思います。

環境と文学の分野にも影響した、山陰地方の世界遺産 石見銀山

現在は鉱山としての役割を終えた石見銀山は、中世の日本が世界経済に影響を与えていた史実を物語っています。

SDGsが当たり前になった令和の遥か昔から、環境を意識した取り組みが評価を受け、話題の小説の舞台になるほど様々な分野に影響を与えている世界遺産でもあります。

 

石見銀山の歴史と文化遺産登録を巡る背景

英語表記)Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape
登録区分)文化遺産
登録年)2007年
登録基準)(2), (3), (5)
国内の登録順位)No.14

 

石見銀山の地理

石見銀山は、山陰地方の島根県にかつて存在した大規模銀山です。

銀山と名前がついていますが、銀の他にも銅や亜鉛、鉛が採掘され、中世の日本の経済を支えた鉱山とされています。

石見銀山で銀山の生まれる条件

貴金属の銀は、銀の採掘方法は金やプラチナとは少々異なります。

アクセサリーに利用されたり地金が投資対象になるのは、金 (Au)、銀 (Ag)、白金・プラチナ (Pt)、パラジウム (Pd)の4つといえるでしょう。

金、銀、白金・プラチナ、パラジウムは資産価値は確かなのですが、金属の特徴としては全く異なります。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、金とプラチナはサビがほとんど起こらず、自然の中では他の物質と混じり合うことはありません。

パラジウムは一部の気体と反応しやすい特徴がありますが、目立った変色が起こりにくい金属です。

一方、銀は硫化銀、塩化銀といった銀鉱石として存在しています。

銀の採掘には、こうした銀鉱物を大量に採掘し、精錬して銀を取り出す必要があるため、砂金掘りのような小規模な鉱山ではなく、機械化された大規模な鉱山が必要です。

また、銀山は火山活動が盛んで熱水が地下を行き来したことがある造山帯と呼ばれる地域で採掘されています。

石見銀山の歴史

 石見銀山は、鎌倉時代の『石見銀山旧記』という記録で、1309年に銀鉱脈が渓谷に露わになっていたと記録され、地域では採掘が始まっていたとされています。

 本格的な採掘は1527年とされ、商人の神屋寿禎が領主の戦国大名 大内義興の協力を得て開発を始めたことが記録に残っています。

当時の日本国内では、画期的な灰吹法と呼ばれる最新の精錬技術が取り入れられ、採掘された銀鉱石は現地で銀地金に加工できるようになり、銀の産出量は飛躍的に増えることになりました。

一方で、灰吹法は作業員の鉛中毒が起こる危険な精錬方法でもあり、多くの作業員が命を落としたとされています。

群雄割拠の戦国時代の銀山

 群雄割拠の戦国時代、銀の産出量は経済力そのものでもあったことから、大内氏、尼子氏、毛利氏の一族の間で領有権争いが繰り返されることになります。

石見銀山の領有権は、1584年に天下を握る豊臣秀吉に治められ、関ケ原の戦いで豊臣氏の権力が失われ始めた1600年からは、徳川幕府の直轄領として管理されることとなります。

 1600年代、日本は世界の銀の約3分の1を産出したともされており、石見銀山が世界の銀の流通に与えた影響は計り知れません。

 1600年代の後半からは、銀の産出量が減少を続け、明治維新後は採掘の中止が繰り返され、1923年に休山することになります。

世界遺産登録までの背景

石見銀山は、世界遺産に登録されるまでは課題が多くありました。

2001年に世界遺産登録のため暫定リストに掲載され、2006年に世界遺産委員会に推薦されます。

翌年2007年5月の返答には、「登録延期」という事実上の不採用が書いてありました。

予想外の返答に、日本は政府が専門家を集め、国家の取り組みとして補足説明の書類を世界遺産委員会へ送ります。

改めて行われた6月28日の再審査では、石見銀山の普遍的な価値が認められ、文化遺産としての登録が決まります。

 再審査で評価を覆したポイントは、2点あるとされています。

 1つは、石見銀山が精錬のために伐採した森林では、伐採した分だけ植林をしていた記録が確認され、「自然に対する配慮」が芽生えていたとされる点です。

 2つ目は、銀鉱石の採掘→銀地金への精錬→湾口までの陸路の運搬→海外への搬出という、産業としての一連の流れが確立していたことが評価を覆す結果になったとされています。

直木賞受賞作品で描かれる石見銀山の世界観

世界遺産や鉱物に関する話題だけではなく、石見銀山を舞台にした小説も話題を集めています。

2023年の1月に発表された第168回直木賞に選ばれた小説『しろがねの葉』は、産出量が最盛期
を迎えた戦国末期から江戸時代にかけての石見銀山を舞台にした作品です。

歴史的な資料から再現された、明るい面だけではない石見銀山の史実に触れることができる話題の小説です。

関連記事でも詳しく説明しています:石見銀山とは?日本の世界遺産に登録された銀山の歴史と魅力に迫る

まとめ

石見銀山が文化遺産に選ばれた背景には、環境を意識した採掘の取り組み、採掘から輸出までの一連の仕組みを生み出した史実が評価されたからでもあります。

今年話題の小説にも取り上げられ、改めて石見銀山の歩みを振り返るきっかけになったのではないでしょうか?

次回の記事は 日本の世界遺産は西高東低?国内の世界遺産数と文化遺産と自然遺産の割合〇〇です!お楽しみに!

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