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紀伊山地の霊場と参詣道とは?世界遺産登録の理由と見どころを徹底解説!

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日本国内の世界遺産でも、歴史の長い近畿地方には日本人の信仰に関係する文化遺産が集まっています。
2004年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道(さんけいどう)」は、神社とお寺のど
ちらにもお参りをする日本人ならではの宗教観が生まれた歴史的な遺産とされています。

今回は、日本人の宗教観を掘り下げたお話をさせていただきますね。

前回の記事は 琉球王国のグスク及び関連遺産群とは?世界遺産登録された沖縄の歴史遺産を徹底解説!でした。

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こちらもご覧いただくとよく理解できると思います。

世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」のすべてを解説!

 

英語表記)Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
登録区分)文化遺産
登録年)2004年、2016年に一部変更
登録基準)(2), (3), (4), (6)
国内の登録順位)No.12

 

「紀伊山地の霊場と参詣道」は、和歌山県・奈良県・三重県にまたがる霊場と参拝のための参詣道が文化遺産に登録されています。

文化遺産に登録された地域一帯が県境のための、「紀伊山地の霊場と参詣道」は4つのエリアに分けられています。

奈良県に位置する吉野・大峯エリアには、国宝の金峯山寺を含む寺社仏閣が登録されています。
和歌山県から三重県にまたがる熊野三山エリアには、重要文化財の熊野本宮大社、熊野那智大社が含まれています。

和歌山県の高野山エリアは、平安時代から続く由緒正しき霊場です。

弘法大師空海にゆかりのある国宝の金剛峯寺は、文化遺産として登録されています。

三県にまたがる参詣道エリアには、人間が自然環境をいかしながらつくりあげた文化的景観を含む遺跡郡として、大峯奥駈道、熊野参詣道、高野参詣道の3つの参道が登録されています。

4つのエリア全てを含む「紀伊山地の霊場と参詣道」は、平安時代に後白河上皇が「熊野詣」と呼
ばれる大規模な参詣を行ったことで、全国へ熊野信仰が広まるきっかけになった歴史的な霊場です。

日本人の宗教観と神仏習合

文化庁が毎年実施する「宗教統計調査」の最新の結果、日本国内では神道系47%、仏教系42.8%、キリスト教系2.7%、その他・無宗教は7.6%という結果でした。

ここで、少しだけ疑問が湧きませんか?

亡くなった方のお墓参りでお経を聞き、新年は近所の神社に初詣に訪れ、結婚式は教会……。
教会にお祈りに訪れる方は多くはなくても、お寺にも神社にも訪れる方は多い、それも多数派なのではないでしょうか?

仏教と神道の関係

仏教と神道は、宗教としては別のものです。

お釈迦様がインドで開いた仏教は、キリスト教・イスラム教と並び、国境を超えて信仰を集める世界宗教です。

一方、縄文時代から古墳時代にかけて信仰が始まった神道は日本固有の民族宗教とされています。
現代的な用語で例えると、仏教はグローバル、神道はローカルという位置づけになります。

日本国内の宗教の歴史では、農耕社会が広まる弥生時代から政治と行政が整備され始めた古墳時代にかけて神道の信仰が広まったとされています。

仏教はというと、聖徳太子が活躍した飛鳥時代の538年に朝鮮半島から伝わったとされ、中国との交流の増加に合わせ、ユーラシア大陸の各地から僧侶が訪れたり、日本の学者が中国のお寺へ留学したりを繰り返し、本格的に仏教が広まります。

神仏習合と神仏分離

神仏習合(しんぶつしゅうごう)は、日本固有の神道と国内に広まった仏教が混ざり合い、新しい
信仰形態を持ったとされています。

神道では、八百万の神と呼ばれるほど沢山の神様が信仰されてきました。

一方、仏教では仏様の他を天(神)・人・修羅(鬼神)・畜生(動物)・餓鬼(亡者)・地獄の6つの存在で表す六道輪廻の考え方があります。

一見異なるように見えても、当時から物事の受け入れ方に柔軟性があった日本国民は、「人より
上の存在の神様は仏教の天(神)に近い」と徐々にお互いが近い存在として理解されるようにな
ります。

さらに平安時代になると神道の神様は仏教の仏様が姿を借りた権現(ごんげん)であると考える
本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)が広まり、「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている熊
野三山を中心に神仏習合が全国へ広まることになります。

その後、鎌倉時代・室町時代・戦国時代・江戸時代と長い年月をかけ、神仏習合の信仰が日本人の宗教観として根付いてゆきます。

明治維新後の国家運営の方針で神道と仏教をはっきりと区別した神仏分離(しんぶつぶんり)の法律が制定されますが、長年根付いた信仰を法律だけで変えることはできず、神聖な存在を敬う日本人の宗教観が現代まで続いています。

世界遺産検定公式過去問集(4級)からの例題

Q1.「紀伊山地の霊場と参詣道」の霊場のひとつである熊野は、平安時代に信仰を集め、後白河上 皇などの皇族や貴族が熊野を参詣しました。このことは、何と呼ばれているでしょうか。

(引用元:p66,2018年3月世界遺産検定4級)

1. 熊野遊覧
2. 熊野詣
3. 大名行列
4. 大名参

答え:(2)熊野詣

 

Q2.「紀伊山地の霊場と参詣道」などでみられる、日本固有の神道と大陸伝来の仏教が混ざりあっ
た信仰形態は何でしょうか。

(引用元:p88,2018年9月世界遺産検定4級)

1. 神仏習合
2. 神仏分離
3. 儒家神道
4. 神道唯一教

答え:(1)神仏習合

 

Q3.「紀伊山地の霊場と参詣道」において見られる、人間が自然環境をいかしながらつくりあげた固有の文化を示す景観を何と呼ぶでしょうか。

(引用元:p99,2018年12月世界遺産検定4級)

1. 文化的景観
2. 学術的景観
3. 歴史的景観
4. 人工的景観

答え:(1)文化的景観

 

まとめ

今回は、日本人の宗教観とともに「紀伊山地の霊場と参詣道」を掘り下げてみました。
現代にも続く、日本人ならではの寛容な宗教観は、神道と仏教の信仰が混ざりあった神仏習合が起源ともされています。
世界遺産検定の過去問は、正解できましたでしょうか?

神仏習合は、「古都京都の文化財」「古都奈良の文化財」「日光の社寺」でも選択肢で出題される
問題です。
熊野信仰の歴史を覚えておくと、他の問題にも正解しやすくなることは間違いなさそうですよ。

次回の記事は 一度は訪れたい知床は世界自然遺産の宝庫と地理と気候が生み出す生態系です!お楽しみに!

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