三国志にキングダム、古代中国の春秋戦国時代七国七雄に関するクイズ

戦国武将
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横山光輝氏の漫画で有名になった「三国志」は1971年から連載開始され単行本は全60巻の大作で蜀の滅亡までを描いています。また吉川英治の三国志は小説で諸葛亮の死までを書いている作品です。私は18歳の時に横山作の三国志を読み漁ってファンになった一人です。
そして2021/3/10から配信されているスマホ版で人気の真三国無双シリーズも累計2100万本を超えて、世界中で愛されているゲームと言えるでしょう。
三国志の時代は180年から280年頃の群雄割拠の時代です。

もう一つ私がはまっているアニメ「キングダム」はNHKで毎週日曜日の24:10から放送されています。映画にもなりましたね!
このキングダムは中国歴史で初めて天下統一を成し遂げた始皇帝と、それを支えた将軍たちの作品です。
時代は紀元前3世紀の話です。日本では紀元前10世紀から3世紀までは弥生時代にあたります。中国文化を知る上でどうしても日本と比較したくなる文化がとても面白い話となっていますね。
今回はそんな中で古代中国の歴史に関するクイズを出していきます。

戦国時代

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戦国四君、春秋戦国時代、中国古代クイズのはじまり!

日本の戦国時代が好きな方は三国志のが好きな方も多いのではないでしょうか。どちらのじだいも群雄割拠の戦国時代。数多くの命が奪われ世を平らにしていく人間同士の争い。この史実は曲げられない中、いろんな武将にスポットがあたり、ゲームではカッコいいスタイルの武将に惹かれるファンも多い事でしょう。

Q1. 中国の春秋戦国時代では、有力だった七国を『戦国七雄』と言います。では戦国七雄とはどの国々をさしているのでしょうか?

① 魏・呉・蜀・漢・殷・周・秦
② 秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓
③ 呉・越・秦・楚・斉・魏・趙

正解: 秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓 です。
解説:残念ながら「呉越同舟」「臥薪嘗胆」等の故事で有名な呉と越は戦国七雄には入っていません。どちらも大国にはなりましたが、呉は越に、越は楚によって滅ぼされてしまいます。
豆知識:七つの国が戦国七雄として同じように記載されていますが、秦はその中で飛びぬけていました。
秦があまりにも強い為、他六国が同盟を結んで秦を攻めた事もあります。他六国を相手にしても負けなかった秦だからこそ、天下統一がかなったのでしょう。

Q2. 中国の戦国時代では、活躍した四人の人物を戦国四君と総称しています。では『鶏鳴狗盗』のエピソードで有名な人物は誰でしょうか?

① 孟嘗君
② 平原君
③ 春申君

正解:① 孟嘗君 です。
解説:鶏鳴狗盗は孟嘗君が秦を脱出する際の様子を例えた故事。
孟嘗君は食客を集めていましたが、学者や武芸者だけでなく、盗みやモノマネ上手といった芸を持つ者も食客として集めていました。
そんな役立たずを食客にして何の意味が?そんな者と同列に扱われるのは不満だと周囲の者が不満を口に出す事も。しかし秦脱出の際、その役立たずが大活躍しこの故事が出来ました
豆知識:孟嘗君には鶏鳴狗盗だけでなく、『狡兎三窟』という故事も有名です。
宰相を罷免された孟嘗君を復職させる為、食客の馮驩が手を打ちます。
自国の斉に働きかけるのではなく、敵国の魏を利用する事によって。
その時に用いた例え話から『狡兎三窟』というエピソードが出来ました。

Q3. 中国を統一し漢帝国を建国した劉邦。若い頃はならず者をしていたり、役人についても亭長という低い役職でイイトコなしでした。

その当時の劉邦を見て大業を成す人だ!と見抜き、自分の娘を嫁にした人物がいました。その人物とは以下のどれでしょうか?

① 呂公
② 呂布
③ 呂雉

正解:① 呂公 です。
解説:単父の有力者である呂公が酒宴を開いていました。
すると呼ばれてもいない劉邦が顔を出し、「進物一万銭」とハッタリの進物をして酒の席についてタダ酒を飲み漁りました。
本来なら呂公が激怒してもオカシクないものの、呂公は許します。
それどころか劉邦の人相を気に入り、娘の呂雉を嫁がせました。
何故亭長如きに愛娘を嫁に出す?と周囲は疑問に感じたものの、その後劉邦は天下統一を成し遂げたのでした。
豆知識:父呂公の指示によって劉邦に嫁いだ呂雉。
実は中国三大悪女の一人に挙げられる程の悪女として有名です。
夫である劉邦が亡くなるや、その側室に非道で残虐な行為を行います。
それを見せられた呂雉の息子の恵帝は強いショックを受け、酒に溺れて死去するという事態を引き起こす程でした。

Q4. 古代中国の魏・呉・蜀の三国が争っていた時期を三国時代と称します。

この時代は日本でも人気があり、三国時代を元にした三国志演技と言えば聞き覚えがあるのではないしょうか。蜀の五虎大将軍とは次のうちどれでしょうか?

① 関羽・張飛・趙雲・魏延・黄忠
② 関羽・張飛・趙雲・魏延・馬超
③ 関羽・張飛・趙雲・黄忠・馬超

正解:③ 関羽・張飛・趙雲・黄忠・馬超  です。
解説:関羽・張飛は蜀皇帝の劉備と桃園の誓いを結び、若い頃から苦楽を共にしてきた豪傑。 三国志好きな方は
趙雲は劉備が荊州入りする前に合流し、長坂や漢中、南蛮攻略でも大活躍。
黄忠は赤壁の戦い後に参入し、漢中攻略戦では曹操の血族・夏候渕を打ち取る等の活躍を見せます。馬超は入蜀時に配下に加わり、北方守備の要として大活躍。
魏延も入蜀・南蛮・北伐では大活躍したものの、五虎大将軍には選ばれませんでした。
豆知識:魏延といえば「反骨の相」が有名です。
劉備が荊州南部を切り取る際、長沙で魏延は配下に加わりました。
その際、軍師である諸葛亮から裏切りの象徴である反骨の相があると言われ、その場で斬首されそうになります。
劉備が取り成した事で魏延は劉備の元で働けるようになったのですが、これによって両者には確執が生まれます。それは諸葛亮亡き後にまで続く事に。

Q5. 火牛の計について。火牛の計とは、牛を利用した兵法の一つ。牛の角に刀を結び付け、尾には葦を結び付けて点火。

文字通り尻に火がつくことで、牛は恐ろしい勢いで敵陣へ突っ込んで大被害をもたらすというものです。日本の戦国時代でも真田昌幸が火牛の計を用いて自分に勝る大軍である徳川勢を見事撃退しています。見事な兵法ではあるものの、これを思いついて実行したのは古代中国のさる人物でした。その人物を次のうちからお選びください

① 楽毅
② 田単
③ 韓信

正解:② 田単
解説:田単は斉の将軍として燕の大軍を迎え撃つ事に。
正面切って戦っても勝ち目ないと判断し、離間の計を用いて燕軍の総大将を楽毅から騎劫へと変えます。
さらに噂で敵を油断させ、信心を利用して兵士の士気を上げました。
こうして勝てる状況を作り、そのトドメとばかりに火牛の計を用います。
この戦いで田単は勝利し、その余勢をかって燕に奪われていた七十余城全てを奪還する事に成功。
豆知識:田単はまともに戦っても勝ち目がない!と離間の計を用い、燕軍総大将の地位を失った楽毅将軍。
総大将を罷免され、帰国されば誅殺されるという立場にまで追い込まれて亡命。
しかし楽毅は燕を恨む事をせず、先王の恩を記した「報遺燕恵王書」を提出。
これは諸葛亮が劉禅に奉じた「出師の表」と並ぶものとされ、楽毅の人柄が出たものだとされています。

まとめ

NHK大河ドラマの最後のナレーション風に読んでみてね!
『深い関わりがあった日本の戦国時代と中国古代。
真田昌幸が自分に勝る大軍であった徳川勢を見事撃退したのは火牛の計でした。
古代中国からの戦法や思想が日本に伝わった「孫氏の兵法書」。孫氏の教えを知っていた真田昌幸。
また四字熟語やことわざも古代中国から数多く伝わっています。「臥薪嘗胆」や「泣いて馬謖を斬る」のことわざや四字熟語は古代中国から伝わりました。日本の戦国時代に活かされ、今もなお時代を重ね今日(こんにち)に息づいています。』

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