さまざまなものを数えるときに、なぜ「本」という一つの数え方が用いられるのか。私たちは何を基準にして、えんぴつや髪の毛、ホームランや映画を同じ色に「色分け」しているのでしょうか?私たちは何に注目して、「本」で数えることのできるこれらを同じカテゴリーのものとして認識しているのでしょうか?
前回から引き続き、この問いについて考えていきましょう。
実はこの問い、米国のジョージ・レイコフという言語学者によって研究が行われています。
以下では、おもに彼の著書Women, Fire, and Dangerous Thingsに基づいて解説をしていきます。
本の数え方の謎を解く
「本」と数えられるカテゴリーのものたちは「細くて長い」という特徴が共通していると考えられます。
大事なのは、実際に細長いか否かということではなく、私たちがそのように「認識」しているということです。
「細長い」という色分け
「細長い」という色分けがされているものたちについて、何が細長いのかを見ていきましょう。えんぴつや髪の毛については、分かりますね。目で見て、また手で触れて、物理的に細長いことが確かめられるからです。
ホームランは何が細長いのでしょうか
おそらく、ホームランの「軌道」が細くて長いものと認識された結果として、「本」で数えられているのだろうと思います。
ボールがバットに当たり、観客席へと飛び込むまでの軌道を思い描いてみてください。ゆるやかな弧を描いた「細長い軌道」が想像されるのではないでしょうか。
ホームラン予告というものも良い例です。打者が打席に立ち、観客席にバットの先端を向けて「これからホームランを打つぞ」と予告するパフォーマンスです。
この行動においても、打者はホームランの「細長い」軌道を思い描いているのではないでしょうか。それをみた観客も、同様の軌道を想像するでしょう。
バスケットボールやバレーボール
「軌道の細長さ」という考えを用いれば、バスケットボールのシュート、バレーボールのサーブなどが「本」で数えられる理由も説明がつきます。
いずれも、放たれたボールを目で追うと「細長い軌道」が思い浮かべられるからです。
映画が「本」で数えられる理由
続いて、映画が「本」で数えられる理由も考えてみましょう。ここには2つの理由を想定することができます。
1つ目の理由
1つ目は、映画のフィルムが「細長い」という点です。デジタル上映が一般的になる以前、映画は「フィルム」によって上映されていました。
フィルムの形状は、身近なものであればトイレットペーパーやセロハンテープなどと似ています。巻かれた状態で保管されているのが一般的です。
その巻かれたフィルムを伸ばしていくと、細長い帯のようなものになります。このように、フィルムの細長い形状に注目して、映画が「本」で数えられているのではないかと考えられます。
2つ目の理由
フィルムの物理的な細長さとは別に、「時間的な長さ」という特徴も挙げることができます。
映画の平均的な上映時間は、だいたい1時間から2時間ほどでしょうか。もっと長いものもあるかもしれません。
最近ではインターネットの動画サービスを利用して、スマートフォンやパソコン、タブレットで映画を観ることも一般的となっています。画面の下部に線状の「バー」と呼ばれるもの(日本語では「棒」という意味)があり、それを操作することで早送りしたり巻き戻したりすることが可能です。
これは、映画の時間的な長さを「細長い棒(バー)」で視覚的に表現していると言えるでしょう。
このように、「時間的な長さ」が思い浮かべられるという理由で、映画は「本」として数えられているのかもしれません。
どちらの場合にも、「細くて長い」という特徴が関わっていることを確認できたのではないかと思います。大事なのは、物理的に細くて長いか否かではなく、細長いと「認識」できるか否かということです。
ホームランを目で追うことで「細長い軌道」を思い描いたり、始まりと終わりをもつ映画に「時間的な長さ」を見出したり。私たちの認識が、「本」で数えられるカテゴリーを左右しているという話でした。
まとめ
オリンピックで思いついたことばと認識の話、いかがだったでしょうか。大河ドラマが好きで渋沢栄一のパリ万博からもヒントを得てシリーズで記事を作成する事ができました。
外国語の不思議さを知った上で、母語である日本語に目を転じてみると、今まで気づいていなかった不思議な現象があることにも気づきました。助数詞には「本」の他にもたくさんあります。「〇〇枚」や「〇〇台」、「〇〇頭」や「〇〇羽」など……。私たちが身の回りのものをどのように「色分け」しているかなど。
今回までのシリーズ化読んでいただきありがとうございました。
これ以上は頭が混乱しそうなのでこれで終わりにしますね。
学生の皆さんも夏休みの自由研究や課題に取り組むときには、素朴な疑問から始めることで、自分の「ものの見方」について何か新しい発見があるかもしれませんよ。
参考文献
・新村出[編](2018)『広辞苑 第七版』岩波書店
・Lakoff, George (1987) Women, Fire, and Dangerous Things: What Categories Reveal about the Mind. The University of Chicago Press.